梅原 龍毅

駒大付属苫小牧高校 / 2015年の夏

梅原 龍毅

2014年10月13日
札幌円山球場は大きな歓声に包まれました。
北海道高校野球秋季大会 全道優勝。
このとき我が母校・駒大苫小牧は神宮球場で行われる秋季大会と翌年の春の選抜への切符を奪取しました。

 

歓喜の瞬間

しかしその歓喜の輪の中に自分の姿は無く、スタンドにありました。
グラウンドには僕と同じ2年生の内野手・安田大将(その後亜細亜大学野球部主将を務める)、そして投手・伊藤大海(その後大学日本代表の投手)の晴れやかな姿。
いずれも2013年4月に共に入学した同学年ですから、意識しないはずはありません。
駒澤と言えば、中学校時代にレギュラーもしくはチームの主軸を担ってきた選手達が集まる名門校、やはりそんなに甘くはありません。
スタンドにいるみんなと一緒に喜びながらも反面、羨ましい気持ち、そしてレギュラー昇格への闘志、いろんな気持ちがないまぜになりながら、私は仲間たちの雄姿にエールを送っていました。

梅原 龍毅

この秋季大会の後、2年生の秋、努力が実って僕はAチームに昇格しました。
神宮大会から帰ってきたレギュラーメンバーと共に「最後の夏」に向けて猛特訓の日々がはじまりました。
神宮大会で痛感した技術の違い、体格の違い。全国の壁を意識するがゆえに、その練習は想像をはるかに超えた壮絶なものでした。

食への意識が変化し、練習後の食事が増えました。練習中にも補食を摂るようになりました。
振り込みでは手の皮がボロボロになり手にテーピングを巻きながら振り続けました。
走り込みでは毎日ヘトヘトになるほど走りました。
それと共にウエイトトレーニングも強化。

梅原 龍毅

「身長も低く体重も軽い私は、人並み以上に頑張らねばならないのだ」 と自分に言い聞かせながら、懸命に練習についていきました。 誰よりも打てるようになりたい、上手くなりたいと思いバットを振り続けました。
年が変わる頃には、何かを掴み掛けてきた感触を持てるようになりました。 これはいけるぞ! 確かな手ごたえを感じながら、より一層トレーニングに精を出しました。
春の大会に向けてようやく練習の成果が見え始めた2015年2月

 

室内練習中に靭帯断裂

 

医師からは、春どころか夏の大会にも間に合わないとの診断。
言葉が出ないほどの失望感と後悔のなか、私はそんな気持ちに支配される自分と戦いました。
今の自分にできることを必死に探しました。

 

「最後の夏」

出場すら叶わず、仲間たちの応援やバックアップに奔走する甲子園でしたが、私にとってはとても素晴らしい「最後の夏」でした。
このとき失意にある私を導き、励まし、強く関わっていただいた方々には大変感謝しています。 いまから思えば、人間として大きく成長させてもらうためのかけがえのない宝物を、たくさん授かる事ができた「夏」だったと思っています。

 

今は、神出設計エコアハウスでお世話になっています。
ここでは1学年上で甲子園を共にした新山さんとまた野球を出来ることになり、何かの縁も感じています。
仕事と野球の両立は、たしかにきつい部分もありますが、白球を追いかけられることの喜びにはかえがたいと思っています。
日々、充実感に満たされながら励んでいます。

梅原 龍毅

梅原 龍毅(エコアハウス営業部)

2015年の夏 駒大付属苫小牧高校